日本共産党奈良県議団
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議会報告・要約版
委員会2002年7月議会初度文教委員会
田中美智子県議
2002年7月29日

 田中美智子議員 文化財保護行政にかかわって3点ほど質問をします。質問に入ります前に、委員長に資料の配布をお願いしております。皆さんに配ってください。

1.あやめ池下池は叡尊がつくったとされる遺跡。駐車場開発による破壊から守り、子どもたちの地域の歴史を学ぶ教材に

田中美智子質問あやめ池の下池の扱いについて県はどのように対応していかれるのか、聞かせてください。
 あやめ池北の、ちょうどあやめ池遊園地の道路をはさんで東側に位置している池です。この下池は、鎌倉時代に叡尊がつくった潅漑用の池ではないかと言われており、歴史的に重要な遺跡だという指摘がございます。ぜひ、県としても、重要な遺跡だという指摘をうけて、必要な対策をとっていただきたいと思います。資料ですが、これは、たまたま私が、重要な遺跡だと知りましたのは1週間ほど前のことです。7月20日、21日に奈良県立大学と地域創造に関する全国ネットワーク研究交流会実行委員会が主催しました地域創造に関する全国ネットワーク研究交流会、21世紀の地域創造をさぐるという研究会がございまして、こそに参加をいたしました。分科会のなかで、この資料がでました。この資料は、一番上に書いてあるものは、大和の国添下郡京極班田図というものの一部です。その下と次のページの上の絵図は、ちょうど鎌倉時代の中期になりますと西大寺と秋篠寺の間では、用水をめぐって争いがたえなかった、その時に、両者が「裁判」に際して提出した絵図です。「菩薩(叡尊)興業の池」と書いています。西大寺がだした絵図です。次のページの秋篠寺側がだした絵図では、秋篠寺から西大寺に行っていたお坊さんと西大寺側が一緒につくった池と記しています。当時は、双方の言い分を出して争ったようですが、どうも当時、西大寺の池だということになったのでしょうかね。当時、叡尊がつくった池だということが伺い知れるということを、奈良工専の大家先生がくわしくお話しをされました。
 この9月14日から奈良国立博物館で、「西大寺古絵図は語る−古代中世の奈良−」という展覧会が開かれるということがわかりました。西大寺の絵図群に関しても、古代史、中世史、考古学、歴史地理学、仏教史など各方面からの研究がすすめられており、その歴史的景観が復元されつつありますと書いてあります。
 では、この池は今は、どうなっているかといいますと、近鉄があやめ池遊園地のお客さんの駐車場をもっと増やすために、下池を埋め立てて駐車場にするというんです。
 地元では、この計画にたいして、環境破壊であるとか、景観の問題があり、とても認められないとご意見、あるいはこの駐車場ができたことで渋滞解決になると言われているが、それは当たらないなどの意見などもあり、住民の多くが反対をされていると聞いています。
 この駐車場の是非については、今日は論じる場所ではないことから控えますが、この池について大家先生が何と言っておられるかといいますと、「あやめ池は西大寺山を水源とする潅漑用の貯水池であった。この池は叡尊が寺領を含む地域に引水するための大工事をおこなったという菩薩の一面を示すものであろう。このような先人の努力の後を思うとき・・・・あやめ池のさざなみの中に今なお、中世の佇まいを忍ぶことができる。・・・・このような大規模な土木工事には、技術と資本がいるが、ここには叡尊やその弟子、さらに労働力を提供した農民たちの歴史がある。南都の高僧の土木工事の跡がこれほどよく残存している場所は非常に珍しい。・・・・このような叡尊の偉業をつたえ、700年以上の歴史をもつ水辺の景観を、今日一時的な渋滞緩和策のために消滅させるというのはいかがなものであろうか。できれば他の手段を考えて保存してもらいたい」とのべておられます。
 そして、「この池は民間企業の所有する資産ではあるけれども、奈良の歴史的遺産であり、環境資源でもある。これを残すため所有者である企業が、重要性を自覚し、計画変更されることを希望する。国指定の史跡級の文化遺産であり、保存するためには、個人や企業の努力はもとより、公の財産としての次の世代に伝えるための支援策がきわめて重要となる。風致地区及び宅地造成の規制の開発許可は市長が、砂防指定関連の許可は知事がおこなうことになっているが、県および奈良市当局においても、この池の重要性を十分考慮して、保存を前提に、観光開発を考えていただきたい」と述べておられます。
 なんとか保存できないかというのが、この先生の思いです。
 何人かの研究者の方に聞きましたら、中世のことを研究しておられる方はほとんどご存知です。ところが、地域の方にうかがいますと、知らなかったという方が多いのです。
 文化財を保護し、生かして継承して行くということでは、奈良県の文化財行政が、今、問われると思うのですが、この遺跡にふさわしい取り扱いをしていただくことが、どうしても必要になってくると思うのです。どのように扱っていかれるのか、ご意見をうかがいます。

矢和多忠一教育長答弁絵図にも載っていて遺跡ではないのかという質問です。国の史跡指定の基準によりますと、史跡というのは、わが国の歴史の理解のために欠くことのできない、かつ遺跡の規模等において学術上価値のあるものと規定しており、県の文化財においてもこれを準用しております。
 鎌倉時代の絵図は当時の地形等を示しており、歴史資料として価値があると思われますが、単に絵図にのっている池だからということで直ちに史跡になるというものではないと考えてます。遺跡として認められれには人が生活をした痕跡が認められ、人為的に改編をされた地形が認められるなどの点に特に留意をする必要がございまして、本件のような池につきましては、その構造や構築方法等に考古学的な意味合いが見いだせるかという点も考慮する必要があると考えております。池として史跡指定されているものには大阪狭山市にあります狭山池がございますが、この池は奈良時代につくられ、築堤の工法が古代の工法を明瞭に残していること、また付帯構造物に特異性があり、残存状態が極めて良好であることから史跡指定をされております。現在、あやめ池下池は、このような考古学的証拠が確認されていないために、具体的にはコメントできないと思います。
 下池の開発については新聞報道等で承知はしておりますが、現在、開発行為等の届け出が提出されておりません。当地域は、周知の埋蔵文化財包蔵地ではございませんが、開発面積が1ヘクタールを超えるために、県教育長通知の規定に基づき、開発をおこなうにあたり、事前に遺跡調査願いの提出を求め、遺跡の有無の確認をおこなうことになります。調査の結果、埋蔵文化財の存在が認められる場合、あるいは、地表面の観察からでは埋蔵文化財の確認ができない場合などは試掘調査を実施することになろうかと考えております。

田中美智子質問絵図に書かれているからといってあやめ池下池だということは確認されていない、証拠がないということでございましたが、証拠があれば、たぶん史跡になっていたのでしょうね。そうでもないのですか。
 私が専門家3人に伺ったところでは、口をそろえて重要な遺跡だと、いったん埋めてしまえば歴史が消滅してしまうと、ぜひ、必要な調査研究もいると言われています。子どもたちにとりましても、今日は私が高校時代に使ったもの、子どもが使ったものと教科書をもってきましたが、叡尊という人がどれだけすぐれた人であったか、非人の救済であったり、らい病(ハンセン病)の患者さんの救済に尽力したかと、だから公称菩薩と贈り名をいただいたということが書いてございます。国立博物館の館長さんが昨年、叡尊の生誕800年記念特別陳列がおこなわれました際に、民衆を救った仏との特別陳列されました。そこに陳列されたものを、図録にしています。そこにも叡尊は紹介されています。こういう歴史教科書にもでてくる人に関係のあるような池であったり、鎌倉時代というのは奈良時代から、奈良がどういう状況になっていたのか、いろんな争いがあって、お寺が焼かれたり、再興されたりしていますけれども、子どもたちにとっては、実際に土地にいって、ゆかりをたずねながら勉強できたりするという点では、教育にとっても、週5日制の体験という学習にとっても大変重要ではないのかと思います。
 先程、すこし分かりにくかったのですが、近鉄−開発したい側が、調査をしたいと言ってきたら、調査がはじまるのでしょうか。私、最近、奈良県の産業界で大変な影響力をもっておられる方とお話しをしていましたら、平城宮跡が世界遺産になったということをまったく知らなかった方もおられたんです。民間にまかせるというだけではなくて、この遺跡のもつ値打ち、そういうのはできるだけお知らせして、いっしょに奈良の文化財を町づくりに生かしていくということが、大事ではないかと思うんです。
 遺跡が見つかるのが、何か邪魔物のような傾向も見受けられるですけれども、文化遺産の宝庫である奈良県に求められていることは、重要な文化遺産の保全、継承で全国に負う責任と自覚と見識だと思います。奈良県は特に求められていると思います。文化財保護行政として、近鉄に働きかけることも含めて対応していただきたいと思うのですが、いかがでしょうか。

矢和多忠一教育長答弁あやめ池下池は、上池とともに、奈良時代から花しょうぶの池として有名であったようです。平城京の貴族も舟遊び等に利用したとされております。古代から存在したと言われておりました。しかし、歴史絵図の研究をもとに、鎌倉時代に叡尊聖人によって造られたという説もあるわけであります。現在のところ、どちらの説が正しいかということは、まだ分からない状況で、遺跡としての位置づけも評価が定まっていないというのが今の状況です。
 学習において、児童生徒の関心を喚起するために地域の素材をとりあげ、教材化するということにつきましては、指導上の工夫等として大切なことと思います。学習においては基礎的、基本的なそうした学習を徹底することが必要だろうと思っており、典型的な教材を用いて、適切に指導をするのが一番よいと思います。あやめ池下池の教材化などは、各学校の関連性において有効性を判断してゆく問題なのかなと思います。
 あやめ池下池の埋め立て駐車場建設についての工事申請は、いまのところ出されておらない状況でございます。申請が出された場合、奈良県文化財事務処理要綱にもとづき、状況によっては遺跡調査もおこなうなど対応を考えてみたいと思います。

2.大型店建設予定地の大和郡山市の田中垣内遺跡は、広がりの調査が必要です。発掘調査はごく一部にすぎず、県として必要な指導、援助を求めます

田中美智子質問大和郡山市の田中垣内遺跡の調査の概要について説明をいただきたいのです。今回の調査は民間の大型店舗建設を契機として実施したものですが、大変な遺跡が見つかったと聞いております。ただし、広大な計画面積にたいして、調査しているのはごく一部だと聞いております。これをどういうふうに扱っていくのかということも問われると思います。
 今、調査をおこなっているのは郡山市の教育委員会ですが、県にも報告がきていると思います。その点では、この調査はどういう調査になっているのか、何が見つかったのか、何が分かったのか、遺跡を調査し歴史的遺産を守るという立場では今後の課題は何か、どのようにとらえておられますか。

石本孝男文化財保存課長答弁大和郡山市の田中垣内遺跡の発掘調査の概要ですが、昨年度試掘調査をおこない、今年度3月から本格的発掘調査に入っております。現在、発掘調査中で、遺跡は弥生時代後期の集落跡、環壕跡等が出ております。排水施設をもとなう集落跡で、内容的には水をためて巡回させる水溜状の遺跡等です。古墳時代の住居遺跡16棟、井戸11基などが発掘されております。今回の調査は大型店の建設にともない、郡山市教育委員会が発掘調査をおこなっております。現在、6600平方メートル余の発掘です。開発面積が8万平方メートル、店舗の面積が3万平方メートルですが、発掘調査はできるだけ、開発等において破壊されるおそれのあるエリア中心におこなっており、現在、構造物の配置状況等から、柱、地下に構造物をつくるというエリア中心の調査になっています。
 周知の埋蔵文化財包蔵地の開発行為は、開発事業者からの届け等にもとづき、事業者と協議のうえ、発掘調査を実施することになりますが、本件についても、すでに4カ月余にわたる発掘調査を実施し、遺跡の内容についてほぼつかめたものと考えています。現在、市教委と開発業者間で、構造物の高度変更をおこなうなど遺跡の保存等について協議中であると聞いております。

田中美智子質問これで調査は終わったと言われたように聞きましたが、もし、そうであれば言いたいことがあります。

石本孝男文化財保存課長答弁当開発予定地域の発掘調査については、一応終了したと、構造物をつくるところの発掘調査は一定終了したということを申しました。さらに遺跡の範囲等を確認するための範囲確認調査をしたらどうかという意見もあろうかと思いますが、遺跡等が存在するというエリアについては調査をさせていただき、これが、外の方向に広がることも考えられますが、そこは開発等の予定のないところであり、そこまで発掘をするということは難しいと考えます。

田中美智子質問(大型店が)これから出店されようとしている敷地面積は8万6431.4平方メートルなんです。それで、建物の建築面積は2万6449.8平方メートル。今、調査がおこなわれている面積はわずか、約6600平方メートルなんです。郡山市教育委員会が現地説明会の時に渡しました資料、さらに私も現地に行って遺跡の説明をうけてまいりました。
 そのなかで、なるほど、教育委員会が言われている課題はそのとおりだと思ったのですが、その課題について、書かれていることを申し上げます。今後の調査では、調査区の南西部分に弥生時代後期の環壕でかこまれた集落の存在を予想することができる。今後、実態調査が望まれる。また調査区の西及び南には、古墳時代前期の水田の存在を想定しました、その実態把握にも努める必要があります。当時の人々の墓がどのへんに存在するのかも今後の調査にゆだねられている問題です。今回の調査、発見を契機にさらなる周辺部の調査が望まれますと、現地説明会でも述べておられます。現地をみて、実際にこれから伸びて行くのに、建物が建ってしまったら消滅してしまうと思いました。
 難しい問題のあるかとは思いますが、現地の市教育委員会に聞いていただき、必要な援助、指導をしていただきたいということを申し上げておきます。

3.平城宮跡直下だけではなく平城京域どこでも、高速道路地下トンネル計画は撤回すべきです

田中美智子質問京奈和自動車道の大和北道路の平城京跡を地下トンネルで通過するということが計画されていると問題で質問します。平城京跡や平城宮跡の地下ルートの問題につきましては、先頃、7月15日に文化財検討委員会の提言がだされております。それをみさせていただきますと、平城宮跡の世界遺産としての値打ちというものを考え、あるいは国内、国際的な世論を考えたら、平城宮跡の直下にトンネルを通すようなことは避けた方がよいと言っておられると認識しております。けれども、そこを少し離れたらいいのではないかとも読み取れる提言のように、私は思うのです。
 やはり、平城宮というところからは、そこで働いていた人たちの歴史などは分かるかもしれませんけれども、平城京全体の庶民の暮らしまで、これからいろいろ分かっていくのを期待しようと思えば、平城京の地下を通すということも、私は問題があると思っております。
 世界遺産を守って行くという世界的な約束から言っても、この地下ルートで平城京域を通すということは撤回すべきだ、奈良県の文化財行政からきちっと言わないといけないことだと思います。その点、いかがでしょうか。今後、文化財保護とかかわってどのように推移していくのでしょうか。

井上喜一教育次長答弁文化財検討委員会の経緯についてごく簡単に述べます。24号線は国土交通省の管理している直轄国道です。平成12年の7月に専門家により地下水位検討委員会を設置しました。この委員会では、データなどをふまえ、道路建設と地下水の挙動についての解析モデルについての検討をおこなってきております。その結果は、道路建設による地下水の挙動は季節変動や気候変動に比べて小さいという検討結果を報告されているところでございます。地下水検討委員会の検討結果をうけて、本年3月に国土交通省が、文化財の専門家などによります文化財検討委員会を設置され、道路建設にかかわり、埋蔵文化財保護の観点から配慮すべき事項について検討がすすめられ、7月15日に、先程、話のありました提言がなされました。各委員会の審議内容の概要などにつきましては、開催後の記者会見で明らかにされており、文化財検討委員会の提言については国土交通省奈良国道工事事務所のホームページで公開をしております。
 平城京全体の地下はトンネルはさけるべきだとのご見解ですが、文化財検討委員会も計画自体も国土交通省の直轄事業です。県教育委員会としてどうと述べる立場にないのではないかと考えました。ただ、私、文化財検討委員会に委員として出させていただき、特別史跡平城宮跡の管理団体としての立場で出席しております。文化財を保護してゆくうえで、基本的に地域活力の活性化ということも大変大きなことであると思います。地域の活性化のために必要ならばインフラも必要ではないか。ただ、一方で史跡の遺構や遺跡の保存はきわめて大切な命題でござます。各専門家の先生方の英知を結集していただいて現実的な方策が講じられるようにとのお願いをしてきました。
 今後、どのように推移をするかという点では、国土交通省が明らかにしている方向性では、提言をうけて、来年度にはPIプロセス、第3者機関なども含めて住民の方々の意見も聞くような、そういうプロセスに移行して行く予定と聞いております。

田中美智子質問平城京跡の下にトンネルを通すということは、そういう案自身を撤回すべきであるという意見を申し上げましたが、県経済の発展のためには、そうとも言っておれないという意見でした。実は、高速道路から世界遺産・平城宮跡を守る会から各界に、地下トンネル計画についてどのように思うかというお尋ねをしたら、例えば内館牧子さん、脚本家ですが、「テレビドラマの取材で昨年奈良へ行き、あまりに景観がこわされていることに衝撃をうけました。さらに高速道路ですか。つくづく日本はあわれな国です」とか、櫻井よしこさん、ジャーナリスト、「日本にはすでに多すぎるほどのコンクリート建造物があふれています。特に高速道路に関しては、このまま作り続けるのは財政的にも無理だという分析結果がだされています。いまや、高速道路よりも文化遺産の保護にお金をかけるべきだと思います」など、各界の人たちが、奈良だけではなくて、国内の人たちがみんなの世界遺産だということで守っていただきたいと言っています。最近、届けられることになっているんですが、世界の声も寄せられているところです。
 世界遺産に登録された平城宮跡、あるいは古都奈良の文化財、これを守る責任は重大だと思います。国土交通省がやっていることだから、奈良県の文化財行政としては口出しできないというものではないと思うんです。真剣に、文化財を守って行くということから、外れるようなことがあれば、真剣に守る立場になり、立ちはだかってでも守るべきことだと思います。これは、これまでの議論のなかで県の姿勢を変えてきておられませので、変えていただきたいということを強く主張しておきます。(了)

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